黒人意識の日:「カポエイラの白人化」とメストレ・ビンバ

すっかりブログをお休みしていますが、11月20日は毎年なにかしら書こうと思います。
昨年はアンゴラの王マンドウミについて書きました。

11月20日はブラジルは「黒人意識の日 Dia de consciência negra ジーア ジ コンシエンシア ネグラ」で、ブラジルの黒人活動において5月13日の奴隷解放記念日と並んで重要な日です。
奴隷制のただなか、逃亡奴隷たちは、逃げた先の山脈の中に独自のコミュニティを形成し、それを「キロンボ」と呼びました。キロンボは幾度もオランダ、ポルトガルの支配者側から攻撃されましたが、山脈の中での戦術に長けた逃亡奴隷たちは、力強く闘いキロンボを守りました。
1600年代に存在したブラジル最大にして最強であったという「パウマーレスのキロンボ」のリーダー、ズンビが殺害された命日を記念してこの日があります。

2018年は漫画家のマルセロ・デサレッチがキロンボの漫画を描いた「アンゴラ・ジャンガ」を発表、グランポ金賞を獲得したことで話題になりました。

一方で、2018年のブラジルは、黒人や女性に対する蔑視発言(「黒人はなまけもの」「繁殖にも役に立たない」など)で話題になった政治家ジャイール・ボウソナロが次期大統領に選出され、選挙を巡る市民抗争の中でカポエイラのメストレでアフロ・ブラジル文化の継承者であるメストレ・モアが殺害されるという痛ましい事件がありました。
また、今年の3月には、スラム出身の女性政治家でリオデジャネイロ市議でフェミニストのマリエリ・フランコが暗殺され、いまだ犯人が特定されていないことも、忘れられない事件です。

人を傷つける差別と暴力が撤廃されますように、そして虐げられた人々、抑圧された人たちが抑圧した人々と共に苦しみから解放されますように。自分であることを慈しむことができますようにと願って。

政治に関するトピックがブラジル全土を真っ二つにした2018年、そんな中今年は、すこし遅れて11月23日が誕生日の、黒人で初めて政治家とコンタクトしたカポエィリスタ、メストレ・ビンバについて触れたいと思います。

ヴァルガス大統領とメストレ・ビンバ(左) 

ビンバが1953年に、当時の大統領ジェトゥ-リオ・ヴァルガスの前でカポエイラを披露したことは非常に有名な出来事です。ならずもののやることとしてしか社会的な認知をえていなかったカポエイラは、この時「真にブラジル的な唯一のスポーツだ」と評され、一気に社会的な地位を向上させました。
ブラジルの奴隷解放は1888年ですから、ビンバの生きた1900年はまだまだ奴隷という立場はリアルで、カポエイラという言葉は、社会の階級を示す言葉でした。すなわち、貧民であり、社会不適合、犯罪層を指す言葉でした。今の我々からは想像が難しいのですが、カポエイラという言葉を看板に出すのもはばかられる時代でした。しかし、ビンバという人物の登場により、カポエイラの社会的な立場は大きく変化を遂げたのです。

しかし「大統領の前でカポエイラを披露」という出来事は手放しで喜べない背景がもちろんありました。ヴァルガスはファシズムから着想を得た権威主義的な新体制「新国家(エスタード・ノーヴォ)」を始動しており、ブラジルは戦争へ向かっていました。愛国心を煽るために「ブラジルらしさ」が強調された時であり、黒人文化を守るような体裁をとり、アフロブラジル文化を合法化することで、黒人層の支持を得、むしろそれをコントロールできる立場に置こうという考え方が政府にはありました。

メストレ・ビンバは、港の荷下ろしの仕事人で、炭鉱夫で、どんな仕事も少しずつはどれもやったことがある、元奴隷の息子でした。父親のルイス・カーンジド・マシャードは格闘術バトゥーキの使い手として有名で、母はトゥピナンバの先住民でした。ビンバの信仰は、カンドンブレー・ジ・カボークロという、アフリカのヨルバ信仰と、先住民の信仰が混ざった宗教で、テヘイロでオガンという太鼓叩きの役割をしていました。

そんなメストレ・ビンバが政府官邸という公の場所に、使用人などの立場でなく黒人として足を入れることができた背景には、弟子のシスナンド・リマの存在がありました。ビンバの右腕的な白人の弟子で、ヴァルガス大統領の以前に、バイーア州知事にビンバを繋いだ人物です。シスナンドは医学生としてビンバのいるサルヴァドールにやってくる前、農業に関心をもち、日系移民コロニアに接点があったため、ヤノタケオという日本人に柔術を、また松濤館空手も学んでいました。

※メストレ・ビンバ(左)と弟子たち。右隣がシスナンド・リマ。

このようにビンバのもとには、医者や弁護士、政治家のたまごという白人の弟子が入門を希望してやってきました。これは余程のカリスマと話題であったと思います。白人の階級の高い若者が、親の反対を押し切って黒人に物を習いに来たわけです。これをもって、ビンバがしたことは「カポエイラの白人化」と批判の意味を持っていわれることがあります。アフロブラジル文化を白人に売り飛ばした、東洋化した、アフロブラジル文化に対する冒涜だと。この「白人化」という言葉を初めて聞いた時は大きな衝撃を受けました。「東洋化」という言葉は遠いカポエイラの歴史の中で日系移民・日本とブラジルに縁があったという非常に興味深い事なのですが、どうしても批判的な文脈で使われることが多いです。

「白人化」という言葉を使う時、さまざまな意味がありますが、主にスポーツ化、競技化、ルール化を指している印象があります。
多くの人が、メストレ・ビンバは帯制度を作り、道着(ユニフォーム)を作った、と認識しているように思います。そして、それが(白いユニフォームと帯が)カポエイラ・ヘジョナウというスタイルだと誤解されています。
ヘジョナウをやっているというと、必ず「バク宙とかするんでしょ?」などのアクロバティックな要素を言われます。または、「へー…怖いねえ」のような、格闘的な要素、極端な場合は暴力性を強調されます。怖いには怖いでしょうけれど、怖いこと、注意を要することは、どのカポエイラとも違いません。

では「ヘジョナウを学んでいる」、と言うとき、それはどういうことを意味するのでしょうか。
ゆっくりと低い動きをしてマンジンガ的であればアンゴーラというわけではないと、アンゴレイロの人たちが思うように、速くて立ちの姿勢で、アクロバットをして格闘すればヘジョナウというわけではありません。ヘジョナウをやっていることが、バチバチのジョーゴをすることで、蹴りを振り回して、最後は相手を吹っ飛ばしたり、さながら文化が理解できていない、という捉え方をされるとき、そこにカポエイラの中でも一種の偏見が現れていることにも十分注意したいと思います。

テレビでこのようなコメントがされています。
「カポエイラ・ヘジョナウは、空手やカンフーなどアジアの影響で作られたものでカポエイラ・アンゴーラとは異なる…」
たしかにアンゴーラが「母」だとするパスチーニャの言葉に対して、ヘジョナウは父権的なところがあるでしょう。スポーツの発展には政治との関わりが深く、正確にいえば、ビンバの死後、スポーツが国家に取り込まれて行く政治の流れの中で、カポエイラもスポーツの枠組みに入れられていき、弟子たちはカポエイラのグループを協会化し、制度を整えていきました。その中で帯制度が生まれ、競技的になっていった部分や、形骸化してしまった部分はあると思います。
ビンバの時代はまだ、洒落たスーツを着て、ナイフから首を守るスカーフを巻いていました。このスカーフの色が、その人のカポエイラの習熟度を示していたといいます。

しかし、ビンバのカポエイラがアフロ・ブラジルを表現していない、単なるスポーツやエンターテイメントだと、言えるでしょうか。
あるかたちに当てはめて物事を考えるのは容易です。わかりやすいし、説明がしやすいでしょう。複雑なカポエイラを分かり易く説明しようとするが故に、ずいぶんいろんなことを省略してしまってはいないでしょうか。また、批判する対象を作ることは、自分の正しさを立証してくれるかもしれません。

ビンバの有名な言葉に「自分のためにカポエイラをしているんじゃない、世界のためにだ」というものがあります。
この言葉の通り、彼の死後50年が経とうとしている現在カポエイラは全世界で行われています。
カポエイラは黒人の民衆抵抗運動です。政治の流れの中で巧みに取引をし、その立場を作っていったメストレ・ビンバの功績を、この「黒人意識の日」に改めて感謝したいと思います。

最後に、たいせつにしているエピソードのひとつに、メストレ・マカーコが話してくださった、「バイーアのカポエイラの特徴はなんですか?」というお話しがあります。

バイーアのカポエィラはカポエィラ・ソウタだと言っていて、Ginga solta, Capoeira solta….ソウタは解き放つ・自由である、みたいな意味でよいかなと思います。
カポエィラは自由な表現であり、自分自身を発見し、自分自身であることの表現なのだ、そういうカポエィラを守っていきたいと仰っていました。
バイーアより下の地域はまるでカポエィラがファッションのひとつのようになっている。
誰かが綺麗な格好をしたり派手な動きをしたり、面白いカポエィラ(柔術とか、キメ技とかの入ったものなど)があればすぐ真似したがる。

誰かの真似をみんながしようとしている。

でも自分は誰の真似もしない。

自分本来の姿をカポエィラで探していかれるからだ。カポエィラとはそういうものだ。

自分自身の一番の表現なのだから。

自分がやりたいのはスタイルうんぬんではなく、本来のカポエィラなんだと。

本来のカポエィラこそが伝統的という意味ではなく、それは流派がどうとかではなく、カポエィラを通じて
「“あなた自身”を自由と共に保っていく」ことなんだと。
自分自身を発展させること、そして必ず

「喜び・自分自身がやりたいという気持ちを持ってカポエィラをする」ことが大事だと言っていました。
それがterapia da capoeira (テラピア ダ カポエイラ)カポエイラの癒しだと。
こういう、人間の本来的な力・大事なこと、それを教えてくれるのがバイーアのカポエィラのいいところだと仰っていました。

人に親切であること
人に愛をもつこと
人に平等であること
人に敬意をもつこと
人に感情をもつこと
自分自身であること
自由であること

無理に自分がどんなに役立つか証明しなくていい、どんなにすごいかを見せる必要もありません。
自分でいられることを戯れていられるように、そして、自分でいられる信頼と自信を持つことができる、そういう力がカポエイラにあると信じています。

心も身体も、支配を受けずに自由でいられる時間を、カポエイラにもてますように。
自分自身が、自分の主でいられますように。

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