1888年5月13日 ブラジルの奴隷解放記念日

5月13日はブラジルの奴隷解放記念日です。
イザベル女王がLei Áurea(黄金法)に基づき署名をしたことで、奴隷制の廃止が行われました。
カエターノ・ヴェローゾも「13 de maio」で奴隷解放記念日のことを歌っています。

イザベル女王は「奴隷の救世主」と呼ばれ、カポエィラやマクレレーの音楽にもイザベル女王を讃える歌が登場します。

Vamos todos a louvar a nossa nação brasileira
Salve a Princesa Isabel olha o meu Deus que nos librou do cativeiro…

…さあ、みんなで讃えよう、私達ブラジル国民を
イザベル女王万歳、神よ、私たちを奴隷から自由にしてくれた

ですが、私の先生のひとりヴェルメーリョが教えてくれた歌にはこのように登場します。

Meu bisavô me falou, meu bisavô me falou
Que no tempo da escravidão, sentia dor muita dor 
O sangue chora no chicote do feitor quanta dor
Dona Isabel a sua lei não adiantou quanta dor
Minha alma é livre o berimbau me libertou quanta dor
O negro morre de saudade sem amor quanta dor
A raça negra não nasceu pra ter senhor quanta dor

……俺のひいおじいちゃんはこういったものだ
奴隷制の時代は本当につらかった 痛みを感じた
(奴隷の)主人の鞭に流れる血
イザベル女王、あなたの法はこの痛みには何の役にもたたない
俺の魂は自由だ ビリンバウが痛みから解放してくれた
黒人奴隷たちは故郷への懐かしさを胸に、そして愛もなく痛みで死んでいった
黒人の民族は主人を持つために生まれてきたんじゃないんだ……

この歌にあるように、自由を得た奴隷たちは、身分は奴隷でなくなりましたが、実際の生活においては、偏見や社会的な立場において苦しい時代が続きました。当時はすでに移住民が多くブラジルに入っており、技能の面では元奴隷であった人たちは移民にかなわなかったのです。何の賠償も保証も援助もなく社会に投げ出された黒人たちは、自由の身にはなったとはいえ失業と貧困に陥りました。パラグアイ戦争で動員された奴隷も、帰還できたら身分を奴隷から解放すると言われて志願し、しかし帰ったきたときに彼らを待っていたのは何の保障もない極貧の暮らしでした。みなさんもご存知の「ファヴェーラ(スラム)」は、こうして大都市に集まった人々が密集して暮らすことを余儀なくされ出来たものです。
1822年にブラジルが独立したとき、住民の半分が奴隷であったこの国では、奴隷という労働力に依存した社会構造が300年に渡って維持され続けていました。1888年以降においては、一時的な不適合が構造的な不適応に変わり、人種差別・偏見は強化されていきました。そして今日もなお、その差別は続いています。

ブラジルの高校の歴史教科書にはこのように書かれています。

ー 奴隷制廃止は、奴隷の社会統合を進めなかったため、黒人を劣視する考えを打ち消すのにほとんど貢献しなかった。そして意図的でないにしろ、黒人の周縁化をより一層深刻なものにした ー

カポエイラやサンバはこうした、アフリカをルーツとする、奴隷として売買されてきた人たちが生み出したものであり、共にある歴史については少なからぬ理解が重要だと思います。その歴史は現在につながるものであり、ほかでもなくブラジルの文化の多くはその歴史の中での抑圧に対する抵抗の表現、生き延びるための術であるからです。その本質を理解するためには、歴史を知ることが非常に重要です。そして歴史を読み解くとき、それが一方向でないか考え、書かれていない歴史に注意を払うことも重要だと思います。

奴隷制が廃止になって134年の今日。
黒人の奴隷を祖先に持つ人たちにとって非常に重要な日「黒人意識の日」(Dia da Consciência Negra)11月20日と合わせて、奴隷解放の日5月13日は意識しておきたいものです。


※奴隷の自由のために戦ったシンボル、ズンビ(Zumbi dos Paumares)も戦いのなかばで命を落としました。黒人意識の日はズンビの命日です。

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