マラカトゥ写真集「Mensageiro dos deuses〜神々のメッセンジャー」寄稿

ブラジル、レシフェのマラカトゥを撮っているフォトグラファーの新多正典さんの写真集「Mensageiro dos deuses〜神々のメッセンジャー」に文章を寄稿しました。

レシフェはブラジル北東部ペルナンブーコ州、16世紀からの奴隷貿易によってアフリカから多くの奴隷船が着港した港町です。
マラカトゥはアフリカにルーツをもつブラジルの民衆文化表現で、「路上のカンドンブレ」と言われ、カーニバルの間アフリカの神々や王族を讃える祝祭のパレードが行われます。(※カンドンブレーは、アフリカ由来のブラジルの黒人密教)
新多さんが密着取材したナサォン(グループ)ポルトヒコは2019年のカーニバルのテーマをカンドンブレの神様のひとり、「エシュー」にしました。

エシューはとてもユニークで、そしてとても取り扱いが難しい神様です。カンドンブレーの信徒でもあったかのメストレ ビンバもエシューの扱いにはとても気を遣ったといいますし、メストレ パスチーニャも「Come tudo que a boca come」(口が食べる全てを喰らう)というエシューを表したフレーズをカポエィラに重ねて使っています。カポエィラ映画「ビゾウロ」にも、影の役者としてエシューが出てきますし、カポエィラとも少なからず縁ある神様です。また、ブラジルが誇る作家ジョルジ アマードも自分の学校の守護神をエシューとしています。

エシューは誰よりも一番先におそなえものを受けることを要求し、神事儀式を始めるときには最初にエシューへの礼を欠かしてはなりません。エシューは道の神様でもあり、エシューに道を塞がれると、決して先へは進めないからです。またエシューは「動き」を司るので、エシューがいなければ何ごとも動き出しません。ナサォン ポルトヒコも、これから行く道に加護があり、安全で繁栄がありますようにと思いを込めてエシューをテーマに選んだそうです。

ナサォン ポルトヒコのパレード動画

エシューは交差点を司る神様で、何かを選択するときにエシューはそこにいます。
どちらの道を選ぶのか…良いことだけを返すのではなく、選択次第でエシューは悪い結果ももたらします。そこがエシューが悪魔と混同されやすい点ですが、エシューは悪でも善でもない、その交差するところに立っている存在です。

エシューは数いるオリシャーの中でも人間に最も近い神様であり、写真集のタイトルになっている「神々のメッセンジャー」という言葉にあるように、人間からのお供え物を天界に届け、神々から人間たちへのメッセージを運ぶ勤めをしています。結構な働き者で、仲の良い預言者イファーから、残業代をもらうというエピソードがあったりします。このイファーからの贈り物をうまいこと使って人を騙して、その罰として屋根なしの生活をオルンミラーから言い渡されたエシューは生涯、路上に寝て暮らすことになります。エシューは決して家の中にあがることができないので、私達がエシューをみとめる時は必ず家の外です。

エシューがおもしろいと私が思うのは、エシューが「二極を行ったり来たりしている」というところです。天空と地上、善と悪、物質と精神という二極を行き来し、その混沌までも喰い尽くしてしまう力、その姿がカポエィラに重なるのではないでしょうか。二極が交わるところには、えもいわれないような色や現象とエネルギーが渦巻きます。白黒とだけでわかつことができない事象がたくさんあるブラジルで、それらが混ざりあう領域に存在する神様。なんとも魅力的です。
エシューについて書くとき、カポエイラの「Ô sim sim sim,Ô não não não(simは「はい」não は「いいえ」の意味)」の曲を思いだすのですが、「はい」の中にある「いいえ」、「賛成」のなかの「反対」、「死」を含んだ「生」、これら対極にある矛盾の全てを喰べつくした神がエシューなのではないかなと思うからです。

ちなみに、エシューは何種類も存在します。カンドンブレもカポエィラ同様多様で、ルーツが違えば呼び名も違いますし、捉えられ方も違います。
オリシャーのエシューは豊穣を意味するオゴーという男性器を模した持ち物をしるしとして持っていますが、トリデンチ(みつまた)を持っているのはエシュー・カチッソといいます。私達が一般的に理解している、「エシューはカシャーサ(お酒)を呑んで、シャルート(葉巻)を吸う」というのも、道をふさぐというのも実はカチッソのエシューで、オリシャーのエシューはこのような俗なことはしないと言われています。
また、ジェジェ由来のエシューは「エレグバ」と呼ばれ、それがなまって「Lembá レンバー」になり、カポエイラでも歌われる「Lembá é Lembá, Lembá do Barro Vermelho」という歌になっています。

すっかりカンドンブレーの話になってしまいましたが、今回新多さんからはエシューの魅力について書いて欲しいといわれ、マラカトゥではなくエシューについて書かせていただいています。
同じブラジル北東部でも、異なった色彩、異なる祝祭で溢れているレシフェの路上の神様の魅力を感じていただければと思います。

【ZINE】Mensageiro dos deuses

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