フェイラ ジ サンタナのカンドンブレー訪問記

前回の投稿の、カショエイラでのカンドンブレー(アフリカ由来の宗教)のテヘイロ(宗教儀式が行われる場所)訪問ののち、フェイラ・ジ・サンタナというサルヴァドールから北へ120キロくらいの街で行われているテヘイロでのフェスタ(祝祭)を訪れました。
月に一度のお祭りのタイミングが、帰国の前日夜と聞いて、しかも友達が通っているテヘイロなので安心して出かけることができました。

フェイラ ジ サンタナへは、サルヴァドールの中央バスターミナルから車で2時間くらいということで、17時にターミナルで、まだ見ぬ友達のおばさん(友達のネゴは、フェスタの準備の仕事があるので来られないとのこと)と待ち合わせです。
この日、日本を出る前から楽しみに予約していたカストロ アウヴェス劇場でのジャヴァンのコンサート(DVDの収録あり)はトニーの娘と、かわいい姪のアリアーニに譲って涙 絶対ハシゴできると思ったのに涙 思いがけず集合が早かったので、泣く泣くあきらめました。

ところがです。スカート不可、白い服装と言われてスタンバイはばっちり、蚊に喰われないよう対策してターミナルで待っていたのですが….来ない。
もう、どうしたってこないのです。おばさんの顔を何度も、写真で確認しますが、ビールを片手に持ったその写真のひとは来ません。
不安なことにターミナル内はWi-Fiもなく、通信手段は電話。でも、公衆電話からは携帯へはかからないし、散々待ちくたびれて、ターミナルで待っていたタクシーのおじさんの携帯を貸してもらって電話することに。
こういう時でも、「あ、この人の番号Oi(キャリア)だから、おまえさんの電話貸してよ。それなら通話タダだから」と、同業のその辺のおじさんから携帯を借拝借。このへんのやりとりはとても、ブラジル的です。

タクシーのおじさんの助けで繋がった電話でおばさんは、まだ向かっているところでした。
出発は8時前くらいだったでしょうか。フェスタは夜通しなので、寝ておかないと持ちません。というわけで、おばさんの車内で私はほぼ寝ていたのですが、後部座席の真ん中に座らされていた(ごめん)なおさんは、150キロで高速を飛ばすこの行程が一番怖くて眠れなかったと言っていました。
確かに、走りながらちょっと浮いてた気がする。
2時間と聞いていたけど多分1時間半くらいで到着しました。

7月のバイーアはまだ寒いです。テヘイロに到着すると、広場に焚き火が焚かれていました。
壁にはけものの剥がれた皮が。


この晩は月が綺麗で、異世界のようでした。

ネゴーーーー!あまり口数の多くない、テンポのカポエイラ仲間です。彼と一緒に練習したり、他団体のホーダに行ったり、たくさんの思い出がある人です。今はここのテヘイロに入って、カポエイラとの両立は難しいけど、トニーにも連絡するし、いつも心はグルーポ テンポと一緒だよと言っていました。
ヴェルメーリョの妹のスエリーと話していて、これからネゴのいるテヘイロにいくんだというと、ネゴがいるんだから、素晴らしいに違いないといいます。彼はほんとうにみんなに愛されてる、いいやつ。
アニーはでも、ネゴがいい人だからと言って、途中で会うすべての人がいいとは限らないから、くれぐれも気をつけて、と念をおして言われました。


再会を懐かしむ間もなく、ふるまいのお料理をいただきます。おいしいスープと、パン、ケーキと、コーヒーをいただきました。
ネゴはこの振る舞いの席も、調理場のことも、気にかけてテキパキと働いています。
彼の姿を観ていると、私欲のために動いていない人というのは、本当に動きそのものが美しいです。
その行為すらも、神々に捧げられているからだと思います。


カンドンブレーは、カポエイラ同様、抑圧されていた密教です。
私もずっと、触れられないものだと思っていましたが、ここのような観光化されていないテヘイロでも、ふつうに知り合いが見に来たりします。
私の前に来ていた友人が「日本の親戚の集まりみたいだった」と言っていましたが、そんな雰囲気です。
写真も、掲載も営利の利用でなければ大丈夫と言ってくれました。寧ろ彼らの文化を紹介することを歓迎してくれていて意外でした。
(動画は撮ったけれど載せていません)


これはフェスタが始まる前のお清めの準備です。
ちなみに、フェスタの日までに何段階も準備の過程があり、この葉っぱはその中のほんの一部に過ぎません。


この家はオムルー、オバルアエーの家です。この絵になっている藁を被っている神様がオバルアエーです。
オムルーもオバルアエーも、似ていますが、オバルアエはオムルーの若い時の姿で、猛々しいですね。


オバルアエー。彼らは病気を司る神さまで、ペストを引き起こしたり、おさめたりします。
カンドンブレーの神様は自然界の要素を納めており、ここの家は土のエレメントの神さまが集まります。
この日のフェスタにはオバルアエーは現れませんでした。


たくさんのおしみないお供え物が捧げられています。

信徒たちが入場して、フェスタが始まります。夜の22:00すぎ。手のひらで力を受け止めているよう。
ここからずっと演奏と歌と踊りが続きます。
第一部は信徒たちが神々へ祈りを捧げます。部屋の片隅にひとりトランスに入って退場になっている人がいました。


フェスタは3部構成になっています。2部は建物の外の広場でたき火をたいて行われます。
この日は本当に月がきれいでした。


全ての儀式は太鼓を伴います。3つの太鼓、フン、フンピ、レーの演奏で信徒たちが踊ります。
この太鼓を叩ける人は特別な役割で、才能が求められます。


輪がぐるぐる、ぐるぐると、人々は踊ります。

第3部。既に1時くらいです。我らがネゴは太鼓叩きの役割をオガンを果たしています。


いよいよ神々が登場します。初心者の私は、持っているものでしかどの神様なのか判断できません汗
カンドンブレーは風、海、雷、嵐など自然界のさまざまなエレメントを司る神々で構成されています。


オバー。手に弓を持っているのでオショーシかな?と思いますが、闘いの女神のひとりです。
狩りの神オショーシと関係のある神様で、シャンゴーの妻のひとりです。


子供達も参加します。


男性が女性神を下ろしていることもあるので、本当にどれが何の神様かわからなくなります。
ちなみにこの日はシャンゴー(雷の神)が3人、ヤンサン(戦いの女神)も3人いました。
また、オリシャには様々な段階があり、姿や名前を変えていくので、斧をもっていればシャンゴーかというと、違う名前だったりすることもあります。
例えば、この3人は全員ヤンサンです。白をまとったヤンサンもいて、そのヤンサンは「ヤンサン・バレー」といいます。


合間合間で振る舞いのお菓子がでます。すごいもてなしぶりで本当にありがたいのですが、
この頃は眠くて眠くて、口になにか入れていないと寝てしまうくらい眠かったです。
不思議なもので、これも時差ボケというトランスの一種だと思うのですが、耳が壊れるほどの
大音量の太鼓と爆竹の音の中でも、眠いものは眠いのです。
祭壇の上で太鼓をたたいていたネゴに「立ったまま寝てたな」と指摘されるほど汗


全てのフェスタが終わり、2時すぎ。みんなで振る舞いの食事とお酒をいただきます。
夜明けまで時間があるから奥の部屋で休んだらいいと、人々が横たわっている部屋に案内してもらいます。
そこでは名実ともに人々が横になっていて、サントアマーロにつづく雑魚寝アゲイン。
なおさんとは雑魚寝と蚊の思い出ばかりですね…
良く考えたら密教のフェスタで信徒に混ざって寝るとか恐ろしいんでしょうけど、全然自然でした。


私にとってはこの帰路がハイライトでした。そう、私達はこの日の午前の飛行機でリオに移動して
日本へ帰るというのに、タクシーが… 非常にまずいタクシーしかみつけられず、相乗りしたひとりは
酔っ払っているのか…他の理由か、ちょっと様子がおかしいひと。
カンドンブレーのフェスタの中は安全ですが、むしろ危険はフェイラ・ジ・サンタナの街の中でした。
バスターミナルで乗合のバンを無事?見つけ、ふたたび時速150キロのアイルトン・セナ号で、無事に?サルヴァドールへ戻り、急いで空港へ向かってリオに降り立ち、最後のシュハスカリアMajórica(マジョリカ)で旅の打上げ。


あっさり世俗にまみれています。

夢のようだったフェイラ・ジ・サンタナの訪問のお礼を告げたら、ネゴは次は8月においでと行ってくれます。
この家はオムルーの家なので、8月に一番大きなフェスタがあります。
オムルーのフェスタ専用の広場があるほどで、見せてもらいましたが、そこは土が張ってあって、まさに聖域です。
なんだか、オムルーにはとても親近感がわきます。私は自分の守護神をみてもらったことはありませんが、興味がわくのはオバルアエとオバーです。
いつか、オバルアエに会いに、8月にまたこのテヘイロに帰って来たいなと思った小旅行でした。

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